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間違ってしまう男

リンスで頭を洗ってしまうなんてのは大したことではない。誰だって経験はある。
だが、その男はちょっとちがった。
男はいつもいつもリンスで洗髪をするのだ。
風呂に入って、さてシャンプーをしようと思う。ボトルが二つあって、片方がシャンプーでもう一方がリンスだ。
何気なくボトルをつかむと、それはまちがいなくリンスなのだ。この前まちがったからこっちがシャンプーだ、と持ちかえた場合、やっぱりリンスのボトルをつかんでしまう。
こっちか、こっちか、いや、この前は色々考えすぎたから失敗した。絶対こっちだ。そう思って使った場合いつもリンスだったからこれではない。こっちがシャンプーなんだ。
使ってみるとリンスだ。
なぜなんだ。
そんなものまちがうはずはない。ボトルに印刷されているから分かるはずだ。たしかにそうなんだが、男は次々と出現する商品名を覚えることができなかった。
リンスのいらないシャンプーだとか、リンスなのにシャンプーもできるとかいうコマーシャルがよけいに頭を混乱させていた。
ボトルにマジックインクで区別を書くことを思いついたが実行していない。
そんなことをしたら妻と娘にまたばかにされる。男はリンスで洗髪してしまうことを家族には黙っていた。
しかし、リンスでばかりでシャンプーしているわけではない。
ある夜、男は確実な手応えを味わった。
風呂に入ってさて洗髪。いつもの試行錯誤の末、ボトルをにぎる。ゴシゴシ。おお、泡が出てるぞ。俺はまちがわずにシャンプーを使っている。ゴシゴシ。 これぞシャンプーの醍醐味よ。ざまあみろ。
妻よ、娘よ、俺はついにシャンプーでシャンプーをした。今日をシャンプー記念日と名付けてあげよう。ゴシゴシ。
この快感。口笛ふいてホラエーホラオー。男は風呂の中で歌い出した。
シャンプーてのは妙に髪の毛がギシギシになるな。洗浄力が強すぎるのではないか。妻よ娘よ、こんなもので毎日シャンプーしてたら髪の毛が痛むぞ。 娘は朝も洗ってるではないか。ちょっと注意したほうがいいな。と、優しい父親をきどってみたりしながら。ゴシゴシ。洗髪に精を出した。
男の頭で泡を立てているのは風呂釜を洗う洗剤だった。
シャンプーとリンスの区別がつかないくらいなら、他にも何かとんでもないまちがいをしてるんじゃないか。
その通りである。
食器用洗剤でも頭を洗った。
トイレの洗剤でも頭を洗った。
チューブ入りの洗顔セッケンで歯を磨いた。
液体歯磨きを飲み干した。 チューブ入りわさびを肛門に塗った。
チューブ入りおろししょうがを肩に塗った。これは肩こりに効いたようだ。
水虫の薬を目にさした。
仁丹も目にさした。 目薬でたばこに火をつけようとした。つかなかった。
新グロモントでうがいをした。
ラッカー塗料を頭にスプレーした。金色だった。
ひややっこにコーラをかけた。
すり傷にタバスコをすり込んだ。痛くて泣いた。 みりんで整髪した。
チーズで手を洗った。
バスクリンでお茶漬けをした。
殺虫剤を両脇にスプレーした。
小麦粉で洗濯した。
しっくいでたこ焼きをつくった。そして食った。
ナフタリンで水割りを飲んだ。
ビー玉をかみ砕いた。
機械用グリスを食パンにぬった。ぬってから焼いたのでパンが燃えた。
胃薬を即席ラーメンに入れて食った。その後、ラーメンの粉スープをそのまま飲んだ。小袋の底を中指でコンコンとたたいて、 くっついていた粉末を咳き込みながら飲み干した。そして「良薬口にからし」とかなんとかつぶやいた。「にがしだったかな」と付け加えた。
男は45才であった。
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息子のマシン(前編)

息子のやろう、またタイムマシンを買ってきやがった。
だいたいこの数年の間、おもちゃのメーカーがタイムマシンを売り出すようになってから小遣いはほとんどそれに使ってる。これで、もう3台目だろうが。
そういえば、父さんがタイムマシンの免許をとったのは20歳過ぎだったかなあ。あのころはマシンも高くて中古を買った。 中古といってもボーナスでやっと半分支払っただけだもんな。
いやもう、とんでもない時代になったものだ。あいつが中学に入学する時に、どうしても欲しい、友達はみんな持ってるとかでしかたなく買ってやったもんだ。 それがなんだ、高校生になってアルバイトを始めたのはいいけど、その金をみんなタイムマシンに使ってしまうとはな。
おもちゃメーカーが販売してるといったって、最近のマシンは腰をぬかすくらい高性能だ。もともと過去行き10年、未来行き10年という制約がついてる。 それだからこそ免許がいらない。それなのに、どこかのメーカーがタイムアクセラレータとかいう名前で100年のタイムトラベルが可能なオプションを作った。 そいつを取り付けるとスッ飛びマシンになる。よく分からんが、こんなオプションは法律にひっかかるんじゃないのか。
しかしまいった。父さんが旅行の時に使う4人乗りのマシンは50年しかいけないのに。しかも加速がわるい。父さんも新しいのが欲しいよ。
あ、そうそう。息子のもってるマシンは一人乗りなのに、彼女かなんか知らんが時々二人でトラベルしたりしよる。ばかもんが。色気付きやがって。 また、検問で捕まるぞ。反則金を払うのに母さんから金をもらってるのを父さんはちゃんと見てたぞ。
おいこら、どこへ行く。や、またトラベルか。もう夜も遅いのに、宿題はしたんか。え、こら。
行ってしもた。 また彼女とデートか。2098年へ行くんだろ。どうも2098年の8月3日には高校生のタイムトラベラーが集まる広場があるらしい。週刊誌で読んだことがある。 不良が集まってるんじゃないのか。そこで宿題をするだと。
あほらしい。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。それより彼女とはどんな関係なんだろうか。あんな事したり、こんな事したり。いやんもうばか。あはは。
あっ。母さん、今の聞いてた? そう。失礼しました。
おれは若者の性について真剣に考えてるんだ。
エッチもいいけど妊娠したらどうするんだ。子供を生むときは現在で産めよ。とか言ったって息子が産むわけじゃないんだから、今度彼女に会ったらちゃんと言い聞かせとかないとな。 タイムトラベルしてる最中に赤ん坊を産んだら手続きがとんでもなくやっかいだからな。だいいち赤ん坊の年がマイナス15歳とかになったらどうする。5歳で成人式に行くのか。
まだマイナスならいい。過去で出産したら生まれてすぐに70歳てな具合になるぞ。その赤ん坊が女の子だったとしましょいな。 それでまた器量好しの別嬪さんになったとしましょいな。ね。 いくら別嬪さんでも、いわゆる年頃になって95歳の女と結婚してくれる男がいるか。えぇ、そうだろ。
だから、おもちゃのタイムマシンは青少年を破滅に向かわせる機械なんだ。
おれも、なかなかいいこと言うだろう。な、母さん。おい、母さん。
あっ。
なんや、寝てるんか。

息子のマシン(後編)

「だってオヤジ。半年前に買ったタイムマシンなんか、かったるくて走れねえよ」
「そうか」
「そう、あのポンコツ、エンジンがt486だぜ。今はもうt686の時代だ。t686はタイムアクセラレータに対応してるんだ。 アクセラレータを積むと3倍のスピードになるし、過去未来とも200年のトラベルが出来るんだ」
「えっ100年じゃなかった?」
「違う200年対応がこの春に出たよ」
「そうか。で、買ったのか」
「あぁ買った」
「時間交通法という法律があるのに、そんなモノよく販売する事ができるなぁ。おまえの乗ってるのはホビークラスだから10年だけじゃなかったか」
「さあ、法律の事はよく分からない。分からないけど、200年対応のタイマックはコンビニで売ってるんだぜ」
「何だ、そのタイマックというのは」
「タイムアクセラレータのことだよ」
「ああ。そういえばテレビでタイマック200ってコマーシャルしてるな」
「オヤジ、知ってんじゃない」
「ありがと。そんなことはどうでもいいんだ。おまえにちょっと話しがあってな」
「話し?」
「そう」
「マシンの話じゃなかったの」
「いやマシンもそうだけど。彼女のこと・・・・・・・・・」
「彼女?」
「そうだ、おまえの彼女」
「ああケニーのことね」
「け。け、けにい」
「そうケニーだよ。かわいいだろ」
「外国人か?」
「何言ってんの外国人なんて古い言葉なんか使って。ケニーは2111年で知り合ったんだもの。国籍なんてないよ ・・・・・・・・・・。おいオヤジ、なに気絶してるの。大丈夫か。パシ!」
「いて。だ、大丈夫だ。父さんは大丈夫だ。それよりな、おまえ彼女となにか、あの、あれ、その、あんなこと」
「なに赤い顔してるの。あれ、それってなに」
「あはは。ズバリ言うとセッ、セッ、セッ。セック。」
「セックスか」
「わ、はっきり言うな。それだ、それ。したのか」
「したよ」
「わ、そんなこと。高校生のくせに」
「高校生であろうが、中学生であろうが性的成熟があれば当然のことだろ」
「性的成熟なんて難しい言葉をつかいよって、おまえ、子供ができたらどうするんだ。その子供が女の子だとしよう、 そして年頃になって結婚しようというとき95歳だなんて、ああ、だめだだめだ。だめだ」
「なんだそれ。なにを訳の分からないこと言ってんの。どっちにしたって子供なんかできるはずないよ、バーチャルだから」
「バーチャルってか」
「そう」
「何だそれ。体位の名前か。それとも避妊の器具か」
「馬鹿かオヤジ。バーチャル知らねえのか」
「知らん」
「バーチャルってのはね、バーチャル・リアリティのことだよ。僕たちは周りの環境から五感に受ける刺激を通じて周囲の状況を知覚するわけだろ。 バーチャル・リアリティというのは人工的に視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚 などに刺激をあたえることによって現実とは異なった空間、時間を擬似的に体感するものなんだ。 仮装現実感とか日本語で言ってた時期もあった。聴覚は昔っからオーディオで生かされていたし、視覚は3Dの技術でこの現在でも使われているだろ。 難しかった触覚と味覚は2050年頃には完成されてゲームなんかに採用されたりした。僕がケニーと知り合った2111年ではセックスも体を重ねるようなことはしないのが普通だ。 バーチャルセックスは、ちょっとしたコミュニケーションの手段だよ。挨拶みたいなもんだ。だからオヤジ、子供ができるはずがないのは分かるだろ。 もし、僕たちに子供が出来たとしても時空調整異動届をセンターに届けたら、その子の歳、僕たち歳も整合性のとれた計算をしてくれるし、どの空間に住んでもつじつまのあう時間調整をしてくれる。 空間移動におけるパラドックスなんて問題もなく解決されるよ。だからオヤジそんなに心配しなくても・・・・・。なあ、オヤジ・・・・・・・。なんだ、寝てんのか」
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青い惑星

ボクはとても長い間宇宙をさまよっていました。
銀河系冒険ツアーというのに参加したのですが自由時間の時ボクははぐれてしまったのです。
今乗ってるこの宇宙船はボクが死ぬまで走り続けるだけの燃料が積んであるので宇宙空間に沈没することはありませんが、食料が残り少なくなってきました。どこか適当な惑星があればそこで食料を探したり休憩したりできるのですが、どこまで行っても黒い空間ばかり。遠くには光る星がいっぱい見えましたが、ボクの乗ってる宇宙船ではとても行けそうな距離ではありません。もう信じられないくらい退屈してしまいました。ボクの食料は鉄です。どこか近くに鉄のある星はないのでしょうか。
そんなことを考えながら、ボクは残り少なくなった宇宙食の即席鉄をかじっていました。
すると、なんと光る星が近づいてきているではないですか。こんな近くに光る星があるなんてラッキーです。たぶん惑星を従えているでしょう。行ってみることにしよう。食料がある惑星があればいいんだけど。
惑星はありました。9個くらいあります。みんな小さな惑星でした。外側から順番に5個くらいの惑星を調査して行きましたが岩石だけとか濃い大気があるだけで食料になる鉄なんてありません。だめです。でもあきらめるのは早い。もう少し探そう。
ボクは青い色の惑星に行ってみることにしました。表面がほとんど水の星でした。ボクは陸を選んで観察しました。するとどうでしょう。鉄です。ボクの大好きな鉄がいました。しかも、とても元気な鉄です。赤、青、黄、白。生きのいい鉄が行列を作って走っているではないですか。
ふるさとからこんな遠く離れた場所で生きた鉄に巡り会えるとは感激です。お腹が鳴りました。ちょっとよだれも出たかもしれません。
ぼくは急降下しました。宇宙船から降りて、なりふりかまわず生のまま鉄を食べました。鉄は行列をつくって走っているので食べやすかったです。即席鉄ばかり食べていたので生鉄のうまさは格別です。舌をだすと10匹、20匹がくっついてきて口の中でピチピチする。うわー、うまい。それに化石燃料の味もする。とってもジューシー。ぺろんぺろんと舌で巻き取って食べました。食べてる間に気がついたのですが、この鉄には寄生虫がいるらしく、その寄生虫がこの味を引き立ててるようです。寄生虫は必ず1匹はいる。2、3匹の時もある。たまにいるちょっと大きめの鉄には30匹くらい棲み着いてたりする。
ああ、うまい。ぺろんぺろん。もう、千匹くらい食べたかな。鉄のやろう、ほとんどどっかに逃げていなくなってしまったけど、まあいいやお腹もいっぱいになったことだし。
ぼくは仰向けに寝転がりました。
青い色の空でした。

あれ、空にも鉄が飛んでる。すごいなあ。天国みたいな惑星だ。極楽極楽。ボクはここでずっと過ごすことになるんだろう。ツアーではぐれてしまったけど、こんな惑星なら棲んでもいいぞ。
いて、何するんだ空飛ぶ鉄のやろう。ボクに攻撃する気か。いっぱい集まって来やがった。 よく見たら、それは鉄ではなくアルミニウムやジュラルミンの生き物だった。ボクの近くまできてダダダダタッて目にも見えないような小さな粒をボクに打ちつけてる。ちょっと痛い。
ぺろん。
あはは、食べてやった。うん、これもなかなかいける。珍味だ。ボクはアルミニウムはあまり好きじゃなかったけど。ここのはなかなか旨い。ジュラルミンも香ばしい。もう、最高。
ボクの住んでたアリクイ星にはこんな旨いものはなかったぞ。青い惑星は美味の星か。
ボクは満足して眠ってしまいました。
目をさましたのはシュワッチという大きな声がしたからです。目の前にはボクと同じくらいの大きさの体をした奴がいました。赤と黄色の服をきていてる。ちょっとだけ見えたんだけどそいつの背中にはチャックがついていた。突然そいつはボクを殴りました。ボクは舌でぺろんと反撃しましたが、今度はキックされました。
何も悪いことをしていないのになぜなんだろう。
そいつは無表情な顔をしたまま蹴るは殴るは投げ飛ばすはでボクは、とことんいじめられました。ついに意識がもうろうとしてきました。ボクはこの星で死んでしまうのだろうか。いじめっ子の胸にはランプがついていて光りながらピコピコと音がし始めました。音がしだすと急にあせりだして、黄色い光線をボクに発射したのです。
うわー、死んじゃうよ。なんでボクはこんな目に会わなきゃいけないんだ。
どて。
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出来上がった薬

「博士、ついにできたんですね」と助手は言った。
白いあごひげをはやした初老の博士はうなずいた。「ああ、やっと出来た、ありがとう。君が手助けしてくれたお陰だよ」
「とんでもないです。博士の才能と努力の結晶です。念願の薬が出来て本当によかったです」助手は感激して泣き出した。博士も涙ぐんでいた。
完成したその薬は一種の精神安定剤だった。この複雑な社会の中で総ての人の心は病んでいた。苦しみを背負い生きていく、そんな人々が増えすぎてしまった。
博士はこれを救う薬を作ろうと考えた。もう半生をこの仕事にかけてきた。
最初からこの仕事はうまく行かなかった。苦労ばかりがつづいた。だけど博士は人々のためにと休むことなく研究をつづけた。投げ出したくなったことは幾度とある。
人間の精神を薬で治癒する難しさを幾度も知り、博士はついに苦しみを忘れさせる薬を作り上げた。
「本当に苦しい日々が続いたが、これで私の仕事も一段落した、これからは君に後を引き継いでもらう」
「はい、わかりました。今まで詳しい調合の方法は教えていただけませんでしたが、ボクにも教えていただけるんですか」
「ああ、今からでも君に総てを伝授するよ」
「はい、それではさっそく教えて下さい」
「・・・・・・・・・忘れた」
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