うどん
「へい、いらっしゃい。何しましょ、おにいさん」
「あの、天ぷらうどんお顧いします」
「へ―い、テンソいっちよう」
「あの・・・・」
「なに?」
「天ぷらそばじゃなくって天ぷらうどんなんですが・・・・・」
「・・・あっ、あは、あははは‥・‥天ぷらうどんね、天ぷらうどん。へえい、へいへいへいへい。ごめんなさいよ、おにいさん」
「・・・いいえ」
「へいへい、しばらくお待ち下さいよ・・・・・。
あっ、へえいへいへい。どうぞどうぞおねえちゃん、へい何しましょ。え、親子どんぶりでっか。へいへい、おねえちゃんに親子いっちょう。・・・おねえちゃんOLでっか? え?違う。
ほんなら学生さんでっか。そうでっか、こ りや失礼。いやあね、この頃の娘さんてのはどうも齢が判らんでねえ。学生さんでも妙に色っぽいから、ほんまに。
で、どこの大学で・・・・・。え?いや、大学生とちゃう。ははあそうでっか。え、いや、何と、高校生。高校生でっか。そうでっかいな。いやもうごつい別びんやよってに、
ついもう、いやいや、なんとも、あははははは」
「あ、あのう・・・・・すいません。ぼくの天ぷらうどんは・・・・」
「ん、あ、そうそう。おにいさんの注文ね。遅いでんな・・・・おおい、おにいさんの、ええと・・・・ざるそば、お おい、ざるそばまだできんか」
「あの」
「何?」
「あの・・・・天ぷらうどん・・・」
「え、天ぷらうどんでっか。注文変更ね、いいですよ。おおおい、ざるそば取消して天ぷらうどん頼んます・・・・いや、しかしねえちゃん別びんやからオトコ
にようもてまっしゃろ。ええな、若いむすめさんは、こう、もう何ちゅうかぁ。あは、あは、あははははははははははははは。
いやそんな怒った顔せんといてえな。怒った顔がまた色っぽい、な。いひ、いひ、あはははははは・・・・。おねーちゃん。あは、あは、・・・・おっとっとっと親子どんぷりやったね。
へい、お待ちど。お、おお、おお、白い可愛いおてて。さわったろか。え―い、ちょん。あっ、ああ・・・・、おおこわ。そない怒りないな、・・・・怖い恐い」
「・・・・あのう・・・ぼくの・・・」
「何?」
「天ぷら・・・」
「ほぃほい。分ってますがなおにいさんできてまっせ、天ぷら定食。へ―い、お待ちど」
「あの」
「何?」
「うどんなんですが・・・」
「へ?うどんでっか」
「はい」
「何うどんしましょ」
「は?」
「何うどんしましょ、と言うとんですがね」
「え?だから、天ぷらうどん・・・・」
「ほいきた。天ぷらうどんね。おーい天ぷらうどん追加・・・・・そやけどおにいさん、よう食べまんなあ。定食くうて、まだうどん食うんでっか」
「ちがいます」
「ちがう・・・? そうか分った。うどん食うてから定食くうんやろ」
「いえ・・・」
「ちがう・・。ははん、ほんだら―緒に食べる・・・。あっち食うてこっち食うて、そやろ」
「違うんです。定食は食べません」
「て、定食くわん?なに言うとんのやもったいない。せっかく注文したのに、それ食わんちゅうのは、そりゃもったいないでおにいさん。しかも店のもんに悪いわ、せっかく腕にヨリかけて作っ
た天ぷら定食やのに・・・・・注文だけして、食わんちゆうのは・・・」
「注文してませんけれど・・・・」
「わーびっくり。な、な、なに?今、何言うた」
「・・・・・天ぷら定食は注文してないですけど」
「えっ、えっえっえ。ええーえー。にいちゃん、そりやないで。せっかく作らしといて注文してないとは何でっか、ええ、あんたこの店つぷす気だっか。
えっ?あっ、おねえちゃん、おかんじょでっか。へいへいへい三百五十円です。え、へい、おおきに、百五十円おつり・・・・はい。おお―お、可愛いおてて・・・・
ええいチョン。あっ、お―こわ。また怒りよる。あはははははははは、また来てや・・・・おしりプリンプリン・‥・あは あは、あはは‥‥‥‥。
おいこら、にいちゃん。あんた、この店つぷす気だっか」
「いえ・・・・・・・・・・」
「確かに注文したやろ、天ぷら定食・・・・・・・・・」
「いえ、あの、あ、はい・・・・」
「そうやろ。あたりまえやないか。おっとっと、待ってや、うどんができたさかいに。へい、お待ちどう、かやくうどん」
「え、いや、あの。天ぷら‥‥‥」
「天ぷら?・・・天ぷら定食はここにある やないか」
「はい、確かに」
「‥‥‥ようわからんやっちやなあ」
「だけど」
「だけど、何やねん」
「いえ‥‥」
「ほんまに、ようわからん男やわ。ごちゃごちや言わんとはよう食わんかい」
「はあ」
「ほんまに最近の若いもんは何を考えとんのか わからんわ。自分の言うた事に責任持たれへんのかいな。ズウタイばっか大きなって、ほんま頭の中カラッポや。
カラッポのスッカラカンやで。はっきり言うて、はっきり言うてたよんない。自分の意志がはっきりせん。決断力がない。あんな男は女にもパカにされよる。
だいたい苦労を知らんからや。ええ学校出とんやるけど、いらん事ばっか覚えくさって、肝心なことは何も知らん。もっとしっかりせいよ、ほんま。あほとちゃうん
か・・・・・・。おおい、にいちやん」
「はっ」
「しっかりせえよ」
「・・・・・・」
「あんな、あほな奴が明日の日本を背おていくとは、ほんま考えただけでもゾッとするわ。まあ、あいつは女にはもてんやるな。ええ服きて、ええ靴はいてしと
うけど、やっぱり男は中身やからな。わしみたいに中身がないとなあ、ほんまあかんわ。それと、やっぱ優しさやなあ、やさしさ。男は、ほんま・・・・」
「おあいそ」
「ほぃほぃ。にいちゃん。え―と、千三百円」
「あの」
「何?」
「千二百円とちがいますか」
「ま、また、あほ言いよる。天ぷらうどんが三百五十円。天ぷら定食が九百五十円や足したら千三百円やないけ。足し算もでけへんのか」
「いえ、あの、今、ぼくが食べたのはかやくうどんと、天ぷら定食なんですが‥‥」
「あ、あほ、あほ。おまえ天ぷらうどん注文したやろ、ちゃうか?」
「しました」
「こいつ、よう言うわ。天ぷらうどん注文 しとって食べたんはかやくうどんやて」
「はい」
「おちょくっとんのか、ええ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「にいちゃんよ。あんまりからかうと、おっちゃん、しまいに怒るよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「わかっとんのかい」
「・・・・う・・・・・うう」
「何や、その顔は。ええ」
「う、・・・・・・・・・・・う、う・・・・・」
「文句あるんかい。え、にいちやん」
「う 。・・・・」
「何とかいえや」
「じゃか・・・」
「何やて、もっとはっきり・・・」
「じゃかっしゃい!」
「へ・・・」
「じゃかっしゃい言うとんじゃ.おっさん!!」
「へえ」
「ひとが、おとなしいにしとったら、つけあがりくさって。こら、おっさん」
「げ・・・そ、そんな。テーブルの上に足のせんでも」
「やかっしゃい。表へ出んかい」
「そんな大きな声ださんでも、おにいさん」
「だまれ、おっさん」
「はいっだまります」
「今、食べたんはなあ・・」
「はい。おにいさんが食べたのは・・・」
「天ぷらうどんやのうて、かやくうどんじゃ」
「はいはい、どおりで」
「どおりで、何じゃ」
「かやくだけに、あんた、爆発しました」
おそまつ。
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